コルクボードに3列で留めたカード。一部が赤い糸でつながっている

物語のきっかけ(インサイティング・インシデント)とは、主人公のいつもの日常をくずし、物語の本筋を動かし始める出来事のことです。その前の主人公の世界は、たとえ不満だらけでも安定しています。その後、主人公は何らかの形で応えなければならなくなり、物語はその「応え方」をめぐって進んでいきます。

長編映画の脚本では、きっかけとなる出来事はたいてい全体の最初の10〜15%、110ページの脚本なら10〜15ページあたりに置かれます。冒頭でいきなり起きる作品も、あえて遅らせる作品もあります。この呼び名を脚本家に広めたのはロバート・マッキーの『ストーリー』ですが、考え方自体はもっと古く、1863年にグスタフ・フライタークが「発端の力(興奮させる力)」と呼んで、上昇展開の起点としていました。

きっかけとなる出来事とは

きっかけとなる出来事とは、中心の対立を避けられないものにする最初の出来事です。ただ面白いことが起きるだけでは足りません。物語全体がこれから答えていく問い、たとえば「彼女はお金を取り戻せるのか」「彼は息子を見つけられるのか」「この夜を生きのびられるのか」を生み出すのが、きっかけの役割です。

本物のきっかけと、ふつうの出来事を分けるのは、次の3つの性質です。

  • 均衡をくずす:良い方向にせよ悪い方向にせよ、主人公の暮らしが傾き、そのまま続けることができなくなります。
  • ドラマの問いを立てる:この出来事のあと、主人公はまだ気づいていなくても、観客には「これは何の話か」が分かります。
  • 応えることを迫る:主人公は何らかの反応をしなければなりません。最初の反応が「断る」であっても構いません。

物語のきっかけの例

広く知られた映画やドラマから、きっかけとなる出来事の例を挙げます(内容は当サイトでまとめたものです)。どれも、その後の物語が答える問いを植えつけていることに注目してください。

  • 『ゴジラ』(1954年):太平洋で船が次々と謎の沈没をとげます。「何が船を沈めているのか、人間はそれを止められるのか」という問いが、その後のすべてを動かします。
  • 『千と千尋の神隠し』(2001年):トンネルの先の町で、千尋の両親が屋台の料理を食べて豚に変わってしまいます。ふてくされた10歳の少女は、ひとりで両親を救うしかなくなります。
  • 『おくりびと』(2008年):チェロ奏者の大悟は、所属していたオーケストラの解散で職を失います。故郷の山形に戻って見つけた求人は、実は納棺の仕事でした。挫折と、思いがけない仕事との出会いが、2段階のきっかけになっています。
  • 『万引き家族』(2018年):寒い夜、治と祥太は近所の団地で、寒空の下にひとりでいる幼い女の子を見つけ、家に連れて帰ります。その小さな親切が、一家の危うい暮らしを根本から揺さぶることになります。
  • 『半沢直樹』(2013年):銀行員の半沢は、支店長の強引な融資が焦げ付いた責任を押しつけられます。「この濡れ衣を晴らせるのか」という問いが、連続ドラマの最初の大きな流れを引っぱります。

『千と千尋の神隠し』のように、両親が豚に変わる瞬間をきっかけと見るか、その前のトンネルをくぐる場面と見るかで、意見が分かれる作品もあります。どちらも第一幕の中にあり、この迷いは「主人公個人の引き金」と「筋書きの引き金」が近い位置に並びうることを示しています。

きっかけと「触媒(カタリスト)」の違い

きっかけとなる出来事と触媒(カタリスト)は、同じ考えを2つの名前で呼んだものです。どちらも、主人公をいつもの暮らしからはじき出す出来事を指します。「触媒」はブレイク・スナイダーの15ビートシートで使われる呼び名で、全体の10%あたりに置かれます。「インサイティング・インシデント」は、多くの脚本講座で使われる、より古く一般的な言葉です。

2つを分けて考える書き手もいます。その場合、きっかけは物語の問題を生む出来事(何年も前の事件のように、映画が始まる前に起きていることもあります)で、触媒は、その問題が主人公本人に降りかかる画面上の瞬間です。ビートシートと箱書きを使うときは、1つのビートとして扱えば十分です。

きっかけと第一幕の終わりの違い

きっかけは問題を生み、第一幕の終わりは主人公がその問題の解決を引き受ける瞬間です。そのあいだには、ためらい、迷い、準備の時間があります。『千と千尋の神隠し』でいえば、両親が豚になるのがきっかけで、千尋が湯婆婆と契約を交わして油屋で働くと決めるのが第一幕の終わりです。

この2つを取り違えるのは、第一幕が間延びするよくある原因です。問題が現れた瞬間に主人公が引き受けてしまえば第一幕がなくなり、40ページも迷い続ければ観客は待つのをやめてしまいます。それぞれの位置は三幕構成のガイドで説明しています。

物語のきっかけはどこに置くか

長編映画では、観客が「何がくずされるのか」を理解できるだけの設定を見せたあと、最初の10〜15ページの中に置くのがふつうです。日本の200字詰め原稿用紙(ペラ)で書くなら、120分の映画でペラ25〜35枚目あたりが目安になります。正確な位置はジャンルとテンポによって変わります。

  1. 1ページ目:サスペンス、ホラー、いきなり事件から入る作品は、出来事そのもので始まり、日常はあとから描きます。
  2. 10〜15ページあたり:長編でいちばん多い置き方です。短い設定のあとに日常がくずれます。
  3. 20ページ以降:じっくり見せる人間ドラマでは遅らせることもありますが、設定部分に観客を引きつける別の緊張が必要です。
  4. 物語が始まる前:過去の出来事が引き金になり、観客が少しずつ知っていく筋書きもあります。それでも、その過去が主人公に届く瞬間は画面の上にあります。

連続ドラマの第1話では、アバン(オープニング前の導入)か最初の幕にきっかけが来ることが多く、1話1〜3分のショートドラマなら、最初のセリフがそのままきっかけになることもあります。

強いきっかけの条件

  • 主人公の暮らしの均衡を、良くも悪くもくずし、そのままでは続けられなくします。
  • その後の物語が答える問いを立てます。お金は戻るのか、この夜を生きのびられるのか。
  • 物語の規模を決めます。いなくなったのが飼い犬か、わが子かで、まったく違う作品になります。
  • 主人公に起きるか、主人公に応えることを迫ります。ほかの誰かに起きたように見える場合でも同じです。

意図によるきっかけと、偶然によるきっかけ

ロバート・マッキーの『ストーリー』(1997年)は、きっかけを2種類に分けています。意図によるきっかけは決断で、誰か(多くは主人公)が何かをしようと選ぶことで物語が動き出します。偶然によるきっかけは事故で、たまたまの出会い、嵐、間違って届いた手紙などです。どちらも使えますが、偶然は物語を始めるためだけに使い、終わらせるために使ってはいけません。観客は、問題を生む偶然は受け入れても、問題を解決してしまう偶然には納得しないからです。

きっかけとクライマックスは同じもの?

違います。きっかけは物語の最初の10〜15%あたりで中心の対立を始める出来事で、クライマックスは終盤でその対立に決着をつける決定的な対決です。ただし2つはつながっています。よいクライマックスは、きっかけが投げかけた問いに答えます。だからこそ、きっかけを置くときには結末を知っておくと役に立ちます。

物語のきっかけの書き方

きっかけを書くときは、主人公がいちばん望んでいること、いちばん恐れていることから出発し、そこを直撃する出来事を考えます。そして、それを画面に見える形にし、無視できないものにします。

  1. 日常を決める:くずされる前の主人公の暮らしがどんなものかを知り、あとで響き合わせられる日常の場面を1つ見せます。
  2. 弱点をねらう:よいきっかけは主人公のいちばん弱いところを突きます。何でも管理したがる親が管理できなくなる、ひとりが好きな人が誰かの面倒を見るはめになる、といった具合です。
  3. 具体的に、目に見える形で:「彼女の人生が変わる」はシーンになりません。見知らぬ人がカウンターに札束の入った紙袋を置く、ならシーンになります。
  4. ドラマの問いを植える:シーンの終わりには、観客が「これは何の話か」を1文で言えるようにします。それはログラインが述べる1文と同じものです。
  5. 主人公に反応させる:否定でもいいので最初の反応を見せます。そうすれば観客は、出来事だけでなく人物を見ることができます。

日本の書式で書いた、オリジナルの短い例です。静かな日常のあとに、すべてを変えるひとことが来ます。

○コインランドリー「ひまわり」・店内(深夜)
   蛍光灯の白い光。乾燥機が1台だけ回っている。
   田村春江(64)、他人のシャツをていねいにたたんでいる。
   ドアのチャイム。ずぶぬれの女子高生・沙耶(17)が入ってきて、
   カウンターにスマホを置く。
沙耶「これ、6番の洗濯機に入ってました。ずっと鳴ってて」
   春江、何気なく画面を見る。
   着信表示に、何年も前の自分の写真。
春江「……これ、息子の携帯です」
   スマホがまた震え出す。

何も爆発していませんが、春江のいつもの夜は終わりました。そして「なぜ他人の洗濯物の中に、行方の分からない息子の携帯があるのか」という問いが、この先の物語を引っぱっていきます。

Scenaloomできっかけの位置を確かめる

Scenaloomのビートボードは「三幕構成」「15ビートシート」「ヒーローズ・ジャーニー」から始められ、各ビートが目標の長さ(初期設定は110ページ)に対するふつうの割合の位置に置かれます。そのため、自分のきっかけが目標に対してどこにあるのかが一目で分かります。ストーリーマップには目標の長さが示され、アウトラインに計画を残し、シーンボードではきっかけのシーンをカードとして前後に動かせます。くわしくはアウトラインとビートを読むか、プロジェクトを始めてみてください。

よくある質問

物語のきっかけとは何ですか?

主人公のいつもの日常をくずし、物語の中心の対立を始める出来事です。その後の物語が答えていく問いを立て、主人公に応えることを迫ります。長編映画の脚本では、たいてい最初の10〜15ページの中で起きます。

インサイティング・インシデントは日本語で何といいますか?

決まった訳語はありませんが、「きっかけとなる出来事」「発端」「事件の始まり」などと言い換えられます。起承転結でいえば「起」の終わりから「承」へ移る部分にあたり、日本の脚本講座でも英語のまま「インサイティング・インシデント」と呼ぶことがあります。

きっかけは物語が始まる前に起きていてもいいですか?

はい。昔の事件や破られた約束など、過去の出来事が引き金になる筋書きもあり、観客は物語の途中でそれを知っていきます。その場合でも、たいていは過去の出来事が主人公に届く画面上の瞬間があり、その瞬間が構成上のきっかけの役割を果たします。

1つの物語にきっかけは複数あってもいいですか?

中心の筋書きのきっかけは1つですが、サブプロットにはそれぞれのきっかけがあることが多く、個人的な引き金と筋書きの引き金が近くに並ぶこともあります。候補がいくつもあって迷ったら、クライマックスが答える問いを生んでいるのはどれかを考えてください。それが中心のきっかけです。

きっかけとクライマックスの違いは何ですか?

きっかけは物語の中心の問いを開き、クライマックスはそれに答えます。2つを並べて読むと確かめやすく、クライマックスはきっかけが生んだ問題そのものを解決していなければなりません。そのため、多くの書き手は2つをセットで考えます。